大手メーカーの内定獲得した野球部員のお話

オファーボックボックスアスリートを活用して内定獲得をした、”同志社大学硬式野球部 南俊輔くん”にインタビューを行ないました!

 

企業人事担当者と直接話せる


Q.就活を始めたのはオファーボックスの登録からですか?

そうですね。9月頃オファーボックスの登録説明会で話を聞いて、プロフィールを記入しました。その後の、11月か12月頃に開催された、オファーボックスパーティーに、その内定を頂いた大手メーカーA社と食品会社B社、WEB系C社が来られていたのですが、正直自分はA社のことをあまり知らなくて…当時は食品系に行きたいと思っていて、B社のお話を聞けたらいいなと思って参加しました。そんな深く考えずにとりあえず話を聞きに行こうっていう感じで。

そこで企業の方とお酒を飲みながら触れ合えるっていうスタイルだったのですが、そこで自分の名刺を渡してプロフィールを見て頂けるじゃないですか。ただその場では人が多かったこともあって全然喋れなかったんですよ。でも初めての就活だし、こんな感じかと。その後名刺に書いてあったプロフィール番号から自分のプロフィールを見て頂けたようで、一度企業に来てみませんかと言って下さったんです。そこからA社を調べるようになりました。

企業見学にも呼んで頂いて、色々な部署を回って、どのようなことをしているのかを学んだ後に、人事の方にご飯に連れて行って頂いて。そこで結構フランクな感じで仲良くなれたという感じでしたね。

 


Q.パーティーに行った時はあまり話せなかったようですが。食事に行った時はどのようなことをお話されたのですか?

会社の雰囲気や、仕事の内容ですね。A社は文具のイメージが強かったのですが、文具だけではなく家具とかもやっているので。皆さんがどのような仕事をされているのか、色々聞きました。あとはお給料のことも、結構フランクに喋って下さいました。直接聞くことによって、より具体的になりました。

 


Q.そこから他に就活は行いましたか?

インターンには行かず、リクナビ・マイナビの合同説明会を中心に回っていました。その中で就活が解禁になったら個別説明会のエントリーが始まって、それに参加していくような感じでした。直接会社に呼んでもらったというのはA社だけだったので、そういう意味でも自分が最後に選んだのは、自分に最初に目をつけて選んでくれたっていうのが、会社を決めるひとつの大きなきっかけになりました。

 

部活との両立


Q.積極的に就活できた方だと思いますか?

僕は野球と両立していたので、就活専念組ほど企業を回ることはできなかったですけど、自分なりに積極的に時間を見つけて合同説明会に毎日大阪へ行ったりしていました。朝、合同説明会に行って、昼から練習してっていうのを繰り返して、時間的にはしんどかったですけど、自分的には積極的に動けたかなと思います。

 


Q.面接したのは何社くらいですか?また内定は何社もらえましたか?

15社くらいですね。内定は2社です。自分は大手志向で、金融や保険は全く考えておらず、大きいメーカー一本でいきたいというのが自分の中にありました。そういった企業は色々始まるのが遅くて、エントリー自体は早いのですが、面接は6月からというのが多かったんです。まだ結構持ち駒を持った状態で、まずはA社から内定を頂き、もうひとつ大手製薬会社D社から連絡が同時にきたので、それ以降の就活はしませんでした。

 

Q.A社を選ぶきっかけになったのは、会っていたからというのが大きいですか?

そうですね。やはり会っていたというのが大きくて、その後人事の方にもメールで質問をしたり、何回もご飯に誘って頂いたりしたので。自分はキャンプ中で行けなかったんですけど「関西に来てるからどう?」と気にかけて下さったりして。自分に興味を持ってもらえることほど嬉しいことはないじゃないですか。浅はかかもしれないですけど、そう考えてA社に決めました。面接をしていく中でフィードバックを頂けるのですが、結構良い評価をもらっていたんです。最終の前に人事面談があり、今までの面接でとてもいい評価をもらっていると言われて、でも最終に落ちることもあるからパワーポイントを使って対策しようか、と言って一緒に考えて下さったりしました。最終面接に受かった後も、電話で最終面接官の方が「南くんみたいな人材がうちに来てくれていいのか」と言って下さるくらい気に入って頂けて、嬉しかったですね。

 


Q.企業のハートを掴みましたね。

その後、会社で懇親会があった時に、今までの面接官の方や社員の方々合わせて20名くらいの方が声を掛けて下さって、「本当によかった」と言って頂きました。そこで自分はA社に来てよかったと改めて思いました。D社は、一次を受けたその日、自分でも何が良かったのか分からない状態で、午後から「最終面接を受けてもらえないか」と言われて、最終面接をしました。そこでもほとんど部活のことを言っただけという感じで、何を評価してもらえたのかわからない状態のまま、1週間以内に連絡すると言われたのですが、1週間経っても連絡が来なかったんです。同じ日に来ていた人がみんな不採用通知が来たと言っていたのですが、自分には来ていないなと思っていたら、またその1週間後くらいに、多分補欠で入っていたんでしょうね、辞退者が出たか何かだと自分は捉えているのですが、「南くんに来てほしいんやけど」と連絡を頂いたのですが、もう自分はA社に決まりましたので、ということでお断りさせて頂きました。A社は大阪と東京しか働く場所がないので、全国転勤でない分、関西に残るチャンスもあるし、関西に帰ってくることもできますし。勤務地が大きいかなと思いました。転勤とかも限られているのでそこも決め手になりましたね。

 

「自分を表す写真」がきっかけに


Q.企業の方に、自分が気に入られたポイントはどこだと思いますか?

A社の人に言われたのが、オファーボックスの中に「自分を表す写真」というお題のプロフィール写真があって、そこにみんな普通は証明書のような自分の真面目な写真を載せるらしいのですが、自分は少しふざけた顔を載せてしまいまして・・・。でも自分はそれがおもしろいんじゃないか、というか、自分を表しているんじゃないかなと思って載せました。そのふざけた顔を載せたら、後々A社の人が「プロフィールにこんなの載せてる人はいない、おもしろいぞ」となったらしく、そこで自分を見つけて下さったというか、企業に呼んで頂くきっかけになったようです。

その後、企業に呼ばれたり飲み会をしている中で、明るくて良い印象だったらしいんです。純粋な感じで喋ってくれるし、というのも言って頂きましたね。思い返すとそれは就活前だったこともあって、自分もそこまで就活に対して深く考えていなくて、ただ興味本位に質問して、いっぱい笑って喋っていたからそういう印象が付いたんだろうと思います。

就活が始まってからはなかなか内定ももらえなくて、すごく不安になったりもしたのですが、A社の面談が進んでいく中で、最終の面談で「南くん暗くなってない?顔とか最初に会ったときと全然違うけど」と言われたんです。自分は「最近野球も忙しくて、就活がなかなか決まらなくて不安なんです。これなら部活を辞めて就活に専念しておけばよかったのかと思っています」と言ったら、「そういうのがあるから仕方がないよね。でも最初に会った時に戻って欲しい。それなら最終に受かると思う。」と言って下さって。それで逆に自信が出たというか、あんな感じでいいんだ、ああやって話せば伝わるんだと思いました。かしこまって話すよりも、自分を出して、普通に人と話すように友達と話すような感じになればいいんだと。それで最終もそんな感じで笑いも交えつつ話すことができました。就活が終わったら「あの時に戻った顔をしている」と言って頂けました。やっぱり自分のそういう明るいところが気に入ってもらえたのかなと思います。

 


Q.人事の方はずっと一緒でしたか?

オファーボックスパーティーで僕が話した方と、ずっと見てくれていた方は別の方で、「オファーボックス採用担当の人が南くんを持ってきたよ」というのを聞きました。自分も、オファーボックスって正直、書いても見てくれてないだろうと思っていたんです。でもしっかりと見てくれているんですね。内定が決まってからの懇親会の時も、あの時自分を見つけて頂いてありがとうございましたと伝えました。その時会うのは二回目で、最初と最後に会っただけだったんですよ。でも感謝を伝えたら、もちろん見ていたよ!ずっと気にしてた!と言って下さったので嬉しかったですね。

 


Q.今から就活を始める後輩に一言お願いします。

とりあえず積極的に動いて色んな人の話をまずは聞きに行くということから始めてほしいです。正直なにがきっかけになるかわからないので。その人から気に入られるかもしれないし。大人の人と話すことによってコミュニケーション能力も上がると思いますし、色んな考え方を持てると思いますし。まずは積極的に動いてたくさんの人と話すということを、自分がもしもう一度就活を始めるのならやりたいですね。それがいい就活に繋がると思います。

 

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「自分との約束を守る」それが強さの原点_南国超人

南国超人
1984年
鹿児島県大島郡喜界町
喜界町立坂嶺小学校
喜界町立第一中学
鹿児島情報高等学校
大阪商業大学
格闘家南国超人

 

Q. キックボクシングはいつから始められたんですか?

19才の時です。地元(鹿児島県喜界島)から大学進学のために出てきて、そのまま。通い始めたジムがシュートボクシングジムだったのがきっかけですね。

Q.それまではスポーツは何かされていたんですか?

小・中・高は、野球をしていました。
実は、高校の時は野球の特待生でした。

Q.特待生?!すごいですね!それだけしっかり野球を続けてこられて、キックボクシングを始められたのはどうしてですか?

当時、人気だった「K-1」が大好きで。テレビを見ながら「格闘技やりたい!」とずっと思っていたんです。

Q.K-1の選手で憧れていた方は?

うーん、憧れというか、当時から「この人達を倒したい!」っていう気持ちでしたね。

Q.その時からもう、“ライバル目線”で(笑)

そうですね。「K-1に出たい」「倒したい」一心でしたね。あと、格闘技を始めたのは、中高の野球生活で、体を上手く使えてないっていう感覚っていうか…「もっとできるはずなのに」っていう感覚があって格闘技は個人種目なので、「自分の力を試したい」っていうのもありましたね。

Q.大学3年生の時に、プロデビューされたんですよね?格闘技を始めて2年でプロデビュー!しかも在学中のデビュー!すごいことですよね!

ありがとうございます。そうですね、2年でプロデビューできたのは、自分の階級(ヘビー級)には、当時、まだ日本人選手が少なくて…結果の出しやすい環境だったっていうのも、あったかもしれません(笑)

Q.いやいや!そんな謙遜はおっしゃらずに…「プロデビュー」誰でもできることじゃないです。デビュー戦のことは覚えてらっしゃいますか?

めちゃめちゃ緊張しました…しんどくて、後半でバテてしまったんです。それでもなんとか、デビュー戦は3R判定で初勝利できました。でも、2戦目で負けてしまったんですよ。

Q. 初黒星…どんな風に感じられましたか?

とにかく悔しかったですね。
悔しくて悔しくて、そこから必死に練習を重ねて、3戦目からは9連勝!

Q.すごい!練習の成果が結果に結びついたんですね。

コツコツコツコツ練習を重ねるのが、自分のスタイルなんです。これは、野球の時からもずっと変わらないことですね。地元の同級生(野球仲間)にも「練習量はお前が一番だったよな」と今でも言われますね。でも、9連勝の後は、外国人選手と当たることも多くなって、また黒星が続くようになってしまって…その頃、ちょうど25才になったくらいだったんですけど、周りも結婚したり、仕事バリバリしていたり、そんな雰囲気で。自分の中で「このままでいいんかな?」と疑問が湧いてきたり、不安が大きくなってしまって、実は、一度、格闘技を辞めて、就職したんです。

Q.えぇ!せっかくプロになったのに!

そうですね。でもその時は、それだけ不安の方が大きかったんです。それで、体を活かせる仕事を…ということで、消防士になりました。

Q.消防士!公務員さんだったんですね!

はい、公務員をしていました(笑)中高は野球、大学は格闘技ばっかりだったんで、勉強とか何もしてなくて…初めて予備校に通いましたね(笑)頑張って勉強しました。消防士になったものの、格闘技への想いが忘れられなくて…悔しい終わり方をしてしまったので、また想いが湧いてきてしまったんですね。それで、許可をもらって、格闘技に復帰しました。

 

 

Q.もしかして、この時が「南国超人」の誕生の瞬間ですか?

そうですね。リングネームも「南国超人」に変えて、心機一転、またスタートしました。

Q.復帰してからはどうでしたか?

復帰してからは、おかげさまで、12連勝しました。ただ「勝ち」を重ねることで、だんだん目立ってきちゃって。やっぱり公務員なので、両方続けることが難しくなり、結局、28才の時に、また格闘技に専念することに決めました。

Q.一度は辞めてしまった格闘技。「復帰」の決断を後押したものは、何だったんですか?

やっぱり、家族の存在ですね。その時はもう結婚していたんですけど、一番身近な家族が応援してくれたこと。それから、信頼している知人が、「お前はここで終わる男じゃない!」みたいに言ってくれたことも大きかったです。今も、そうなんですけど、自分が好きで始めた格闘技を、応援してくれる方がどんどん増えて。本当にありがたいです。その声にいつも励まされています。あとは、「好きなことして人生頑張りたい」っていう想いですね。自分の中で、どうしても譲れないことのひとつです。

Q.「好きなことして人生頑張りたい」そう思いながら、頑張れない人もたくさんいるかと思います…。

そうですね。好きなことがすぐに見つかる人もいれば、40才になって、80才になって見つかる人もいますよね。やりたいことがないとか、自信がないとか、僕もよく相談を受けるんです。そういう方に大事にしてもらいたいのが、「自分との約束」です。なんでもいいんです、日常の小さなこと、僕なら、腹筋を1日1000回するとか、雨が降っても走るとか、そういうことなんですけど、そういう「自分との約束」をつくってもらって、それを「続けて」ほしいんです。その「続ける」ことが「自分の軸」になって、「ぶれない心」をつくってくれると思うんですよね。

Q.「これだけはやる」って、自分で決めるってことですね。

はい。そういう「自分との約束」を少しずつ増やしていくんです。そうすることで、「充実した人生=やり遂げた人生」になっていくんじゃないのかなぁと思います。「自分で決めたこと」をやれない人は、どこ行っても成功できないと思いますしね。

Q.なるほど。そうですよね。

「自分との約束」を守ることは「自己信頼」を創ることにもなりますしね。それがつまり、「自信」ですよね。もし、今「自分には何もない」と感じている方でも、「自分との約束」を守り続けていくことで、絶対変わっていくと思います。たとえそれが、人に自慢できるようなことじゃなくても、「自分はこれだけやってきたんだ」って想いが、支えになっていくはずです。

Q.ちなみに、南国超人さんの「自分との約束」は何ですか?

「家族を大切にする」です。すみません、格闘技と話がズレますね(笑)でも、これが自分のベースになっていて、練習方法とか、練習の後のこととか、多くのことに関係しています。「そのためにどうしたらいいか」って、いつも考えていますよ。もうとにかくいつも必死ですよ。「やること本気でやらないと無駄」だと思いますね。

Q.熱いですね〜ブログにも「120%で生きる」って書いてらっしゃいましたよね。

はい、座右の銘ですね。やっぱり、自分の限界を少し超えるところまで頑張ると、「その先」が見えてくるんですよね。だから「ここまでやろう」を超えること。それを大事にしています。

Q.最後になりましたが、南国超人さんにとっての「スポーツ(部活)」って何ですか?

自分を知れる機会かな、と思います。スポーツ頑張れば頑張るほど、自分と向き合えますよね。例えば、走るのがしんどいとか、どうしても上手くできないとか。で、そこを頑張ることで、改善できるのもスポーツのいいところかなと思います。今、自分を知らいない人って多いですよね。
だから、スポーツを通して、「自分を語れる」ってすごいことだと思うんです。今、大学でスポーツを続けている学生さんにも、部活を通して、どんどん自分を知っていってもらいたいですね。

南国超人01

<編集後記>

「好きなことで人生頑張りたい」
そう望む人は多いけれど、実現している人は少ない。南国超人さんは、貴重な「その1人」であると言えます。学生時代のプロデビュー。そして格闘技から少し離れての社会人生活。そして再デビュー。決して平坦ではなかったその中で、彼はいつも「今」に全力でぶつかっています。

「もっともっと強くなりたい」
「まだまだ強くなれる」

尽きることのないその想いに、まっすぐ突き進む南国超人さん。その裏には、応援してくれる周囲への感謝と、謙虚な姿勢がありました。彼のそういったパーソナリティーが、彼を応援したくなる大きな理由のひとつなのではないでしょうか。ありきたりな言葉になりますが、それは「人間力」その力が彼のレベルアップの源だと、感じました。スポーツを続けるみなさんも、これから社会に出るみなさんにも、彼の考え方、想いにぜひ触れてみてほしいと思います。あなたの人生にも役立つ何かを、見つけていただけるはずです。